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弊社日記

セルフ出版社、隙間社による日記。
KDPのことや作品紹介が中心です。
*隙間社は任意団体です*
本日『なむあひさんのエピタフ2』発売!
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    今晩は、弊社です。

    予告していた通り、本日七夕に『なむあひさんのエピタフ2』を発売します!

    いやー予定ではもう少し余裕をもって発売出来るはずだったのですが、なにせ作者であるなむあひさんが「おまけのあとがき書くよ!」と言ってまあそれは全然良いのですが書いているうちに楽しくなってきてしまったらしく、あとがきなのにずるずると6300字近く書いたらしいです。

    結果としてこの本の約3分の1があとがきになりました。斬新ですね。タイトルは『長い長いあとがき(のようなもの)』。隙間社刊行作品のなかでも輪をかけてニッチなシリーズだからこそ、なむあひさんマニアは必読です。

    この本はなむタフ1巻同様、なむあひさんご弊社日記にて連載した10の記事をまとめたものです。今回は2015年8月28日から2016年4月5日の日記+おまけ、という形になります。

    そしてこの2巻をもちまして、なむあひさんのエピタフは完結となります。かなりマニアックな内容ながら一部の方には好評をいただいておりその陰で最後まで書き続けられたとなむあひさんも喜んでいました。私からもお礼を。ありがとうございました。

    ただこのシリーズは形を変え、いまは同じ世界観の作品として『かれらの七日間戦争』というタイトルでnoteで手書き連載中です。

    こちらは来年初頭に長編小説として発売されるよていなのでどうぞお楽しみに。
    CYON様の絵といーぶっくデザイン様のデザインによる素晴らしい表紙だけは出来ていますよ!


    ということでTwitterでは #セルパブ七夕祭り というハッシュタグが流行っているそうなのでもれなく弊社も乗っかってみました。

    それでは7月7日発売の『なむあひさんのエピタフ2』をどうぞお楽しみ下さい!

    内容紹介はこんな感じです。


    なむあひさんのエピタフ2


    また、隙間社設立1周年記念、『文中の( )にあてはまる文字を入れなさい』も絶賛250→99円のセール中です。こちらは7月19日まで!

    文中かっこAmazon販売ページ


    それでは皆様、良き棚ぼたを。



    代表 伊藤潤一郎
    | なむあひさんのエピタフ | 19:00 | comments(0) | - |
    なむあひさんのエピタフ
    0
      新居へ向かうタクシーの中からスカイツリーを見ていた。
      俺、妻、子供、そして猫2匹。
      「ここの景色好きだったなあ」
      俺が言うと、息子が嬉しそうに「すき!」とはしゃいだ。

      カゴの中の猫たちは不安と興奮からかしばらく鳴いていたが、やがて諦めたのか慣れたのか欠伸をし始めた。
      窓の外のすれ違う車に「きゅーきゅーちゃ!きゅーきゅーちゃ!」と指差して叫んでいた息子も、高速の単調な風景にやられたのか妻の膝の上で寝息をたてるようになった。ちなみに息子は最近、全ての車を救急車と思っているようだ。

      直前までのばたばたが嘘みたいに、穏やかな時間。俺がタクシーを読んでいる後ろから洗濯ネットに入ったひるねが飛び出しそれを面白がって息子が追い立てているときはもう引越しは無理かと思ったものだ。
      俺と妻はお互い労い言葉を伝え合った。
      新居に着いたらまた忙しくなるのは分かっていた。けれどこの時間に救われた。

      「そういえば魔女さんに挨拶し損ねたね」
      高速を降り次に住む町の名前がちらほらほら目に入るようになってきた。
      「あー、結局時間が合わなくて会えなかったんだ。でも今日もLINEしてたよ」
      言いながら妻がスマホの画面を見せてくる。言葉よりもスタンプが多い。泣いてるキャラクタだったり、親指を立てているキャラクタだったりがいっぱい表示されていた。
      『今度遊びに行くね!』とも。

      息子がいつの間にか起きていた。
      「これからここに住むんだよ」
      そう言うと、息子はなにやら難しそうな顔で市の名前を言おうと口を開け、そのまま「こーえん」と言った。どうやらまず最初にすることは公園探しになりそうだった。

      小さい生き物ばかりで迷惑かと心配だったがタクシーの運転手は最後までにこやかに接してくれた。改めてお礼を良い玄関に向かうと、引っ越業者は既に到着していた。慌てて声を掛け部屋の鍵を開ける。家具とダンボールがどんどん運び込まれていった。

      途中、突然大家さんが来るということがありつつも引越し初日は大きなトラブルもなく無事に終えることが出来た。最低限の荷解きを終えるだけで外は暗くなってしまい、公園に連れて行けなかったことを息子に詫びる。運動不足で寝られないかと不安だったが、やはり何かしら疲れていたのだろう。
      「しんかんくん」とうわ言のように呟きながら、新幹線の玩具を握りしめ息子はすぐに寝てくれた。

      俺と妻も気が付けばクタクタに疲れ果ており、慣れない寝室で息子を挟み21時過ぎにすぐに眠りに落ちた。

      猫の走る音。
      隣の部屋の引き戸が締まる。
      上の階の住人の足音。
      息子が不安げに呻く。

      携帯で時間を確認すると夜中の3時。俺が起きた音でおしりとひるねが集まってくる。ひるねはぐるぐると鳴きながら頭を擦り付けてくる。おしりは執拗に俺の踵を噛んでくる。2匹を撫でながら台所に向かう。床がギイと鳴った。

      「慣れるまで我慢だね、ごめんな」
      猫たちに謝る。流し下に入れてあるいつより少し高いカリカリを皿にあける。
      ひるねは「またろくでもないとこに移動したわねェ。しかも壁に爪研ぎ防止シートとやらまで貼るなんてどんな嫌がらせよォ」と怒りながら餌を食べ始める。
      「キャットタワーの到着はいつですか?プライム会員になることを強くおすすめします。それとおいしいカリカリを出す店はしっかり確認しておいて下さい」と眉間にしわを寄せるおしりは既に餌を食べ終わっている。

      冷蔵庫を開けまだ住所の決まっていないコップに麦茶を注ぐ。こんな夜はあの日を思い出す。月の光は届かない。マンション通路の蛍光灯の光が台所を黄色く照らしている。ここで俺のエピタフは見付かるだろうか。

      カタン、音がした。玄関だ。満足し押入れに戻る猫たちを確認しながら、玄関のドアの郵便受けを確認する。そこには小さなメモ帳があった。表紙にも中の紙にも何も書かれていない。俺は笑った。出来るだけ声を殺して。

      それを仕事用の鞄に入れ、携帯のアラームをセットし直す。この、強い光に眼を細める感じ。時間ギリギリになるが駅まで走れば間に合うだろう。ソファに腰掛ける。パソコンはまだダンボール箱の中だ。スマホのメモ帳を開く。小さくゆっくり息を吸って、俺は文字を打ち込み始める。



      | なむあひさんのエピタフ | 19:00 | comments(2) | - |
      友人のこと
      0
        久し振りに友人と会えた。俺の数少ない友人。受験を控えた中学三年の冬に彼が引っ越して以来なので約20年ぶりの再会だ。
        「随分と久し振りだね」
        すぐ横に彼がいた。見た目や声こそ変わってしまったものの、育ちの良さそうな柔らかい笑顔はあの頃のままだった。

        「驚いた。まさかまた会えるとは」
        「近くに来たってなんとなく分かったからさ」
        友人には昔からそういうところがあった。どこまで本気なのか分からないが、俺はそういうものだと受け入れて彼と接していた。

        せっかくだから、と近くにある喫茶店に入ることになった。チェーン店のようだが知らない店名だ。俺はホットのカフェオレ。彼はアメリカン。
        「お前とコーヒーを飲むなんてなんだか変な感じだ」
        と素直に漏らすと彼は何も言わず笑っていた。

        「もう会えないかと思っていたよ」
        「さっきも言ってたよそれ」
        「だって、あれから何度も夢は見てるんだよ。それなのになんでまた今日に限って」
        「だから、近くまで来たんだろ、きっと」
        コーヒーが届き砂糖を入れる彼を見てあの時のことを思い出す。

        当時から俺は友人が少なかったが、中学一年で同じクラスになった彼とは何故かウマが合いよく一緒にいた。進学して違うクラスになってもどちらかの教室に集まり昼食を食べたりしていたし、やる気のない文系サークルに入ってない下らない話をしたりしていた。
        高校も、彼の方が若干成績が良いとはいえほぼ同じ学力だったので同じところに進学する予定だった。

        彼の打ち明け話は唐突だった。図書局員だった俺と友人はいつものようにだれもこないカウンターの中で絵しりとりだとか担任の似顔絵を使ったオリジナルのボードゲームなどをして適当に過ごしていた。

        「俺さ、引っ越すことになったんたよね」
        「そっか」
        内心かなり動揺していたが、二人とも友情なんてものを馬鹿にするスタンスを取っていた為それ以上何も言えず、いつも通りに過ごしているうちすぐに別れの日が来た。

        その日も俺と友人はいつも通りに過ごしていた。自分でそうしているとはいえ、こんな感じのまま今日を終えると明日には彼がいなくなっているということが信じられなかった。
        「そういえばさ」
        俺は友人に尋ねた。
        「引越し先ってどこなの?」
        「マズガヤ」
        「ふうん」
        聞いたことのない地名だったが、それ以上訊かなかった。

        帰りのホームルームが終わり、俺と友人は自転車に乗りヘルメットを被った。
        「このクソダサいヘルメット被るのも今日が最後か」
        友人が言った。
        「住所教えてよ」
        思い切って言ってみた。携帯電話なんて持っていない。そもそもまだポケベルが主流の時代だった。家電で話すなんて恥ずかしいし、年賀状くらいなら送れるかもしれないと思ったのだ。

        友人は黙った。
        俺は不安になった。迷惑だったか。これまで、こいつと信頼関係なんて築けていなかったのだろうか。友人が口を開いた。
        「住所を知っても無駄なんだ」
        「どういうことだよ」
        一瞬、怒りで視界が白くなった。けれど、続く友人の言葉は予想外のものだった。
        「俺の引っ越し先、夢の中の町なんだ」
        意味が分からなかった。

        電話もできないし、手紙も届かない。今夜、眠って起きたら引越しが完了しているのだという。
        友人の顔を見た。いつもの悪ふざけとは雰囲気が違った。

        結局、友人の家の前まで行きいつも通りに別れ、それっきり彼と会うことはなかった。
        夢を見た朝は彼がいなかったが思い出そうとした。でもそんなことはなかった。いつの間にかその習慣もなくなってしまった。だというのに。

        「そうか」
        「何が?」
        友人が訊いてくる。
        「ここは夢の中ってことか」
        「やっと気付いたのかよ」
        嬉しそうに笑う友人。そう、近くに来たとはそういつことだったのだ。耳鳴りがする。

        「お、またお別れっぽいな」
        友人がそう言うと耳鳴りは大きくなった。
        「やっぱりさ」
        俺は何も言えず友人の言葉を聴いていた。
        「友達と話すのはいいよな」

        飛行機の中だった。母方の祖母の具合が悪いという連絡があり、子供を連れて北海道に向かっっていたのだ。北海道。中学時代。友人。なるほど、近くまで来たとはそういうことか。

        横を見ると妻も子供も寝ていた。
        実家に向かう電車の窓からあの中学校は見えただろうか。もうすぐ新千歳空港だ。そんなことを思いつつ、妻と子供を静かに起こした。

        | なむあひさんのエピタフ | 20:00 | comments(0) | - |
        言葉が繋がる
        0
          息子が言葉を話すようになってきた。最初は「んまんま」=おっぱい、くらいしか喋れなかったのが「ぱんぱん」=ごはん、「ぞーさん」=象さん、「あーぱーぱー」=アンパンマン、「ばーちー」=バイキンマンなどと言えるようになりやがて「ツリー」=クリスマスツリー、「ばーたった」=バナナ、たーこ「抱っこ」、でーた=「電車」も言えるようになってきた。

          お陰で少しづつだが意思の疎通も出来るようになってきて、余計に息子もでこちらに何かを伝えようとしてくれる。益々語彙が増えてくる。存在や現象と言葉が繋がっていく瞬間を目の当たりにして、ちょっとした感動すらあった。ヘレン・ケラーではないがウォーラー!と叫びたくなったりした。

          そして、少し前から俺のことを指差して「とーた」と呼ぶようになった。「とーた」=おとうさん、なのだろう。息子と二人で出かけた時にふざけて撮ったプリクラが壁に貼ってあるのだが、それを指差して「とーた」と言ったりもする。

          ちなみにそのプリクラでは俺も息子も頬にチークが塗られ、目も1.5倍くらいに大きくなって、まつ毛も増量しており女装した親子みたいになっているというものなのだが、何故だかずっと捨てられず部屋の一部となっている。

          「とーた」と呼んでくれるのは良いのだけれど、そうなると母親のことはなんと呼ぶのだろう。そう思い、じゃああれは?と妻のことを指差して息子に尋ねると、何も返事がない。俺と妻は顔を見合わせる。息子にとって何よりも大きな存在である母親。それに対して何も言わない筈がないと思うのだが、何度尋ねても息子が母親のことを呼ぶことはない。

          「不思議だねー」なんて言いながら、なんだか気まずさみたいなものを覚える。それからも、「ぶーぶー」=車も「たっち」=タッチも「ぴーぴー」=ひよこも言えるようになったのだが息子が母親のことを呼ぶことはなかった。それがずっと不思議だった。

          ところが今日、不意に閃いてしまった。息子にとって母親は世界そのものなのではないだろうか。例えば父親や、猫や、食べ物。そういったものには呼び名が必要だった。けれど彼にとって母親は世界そのものであり世界そのものに名前なんて必要ない。きっと、そういうことなのだと思った。

          そのことを妻に話すと「いくらなんても大げさよー」と笑われた。おしりに話してみても「最近の奴はあまりにも横暴ですよ、私が日当たりの良い場所で寝ているとそれを奪いにくる。教育がなってないんじゃないですか」と叱られるし、ひるねに相談しても「ようやく猫じゃらしを振り回すようになったけどテクニックがまだまだよォ、早くわたしを満足させるよう指導しなさいよォ」とやはり叱られる。

          もやもやしながらも近所のスーパーで魔女さんと会ったのでそのことを話してみると「また喋れるようにしてあげようか?」と言われた。申し出は有難かったがいつか理由が分かるのも楽しみだから、と丁寧に断った。言ってみると、そんな気がしてきた。

          別れ際「あ、そうだこれ作り過ぎちゃったから」と昭和のドラマみたいなことを言われ魔女さんから焼き芋をもらった。魔法っていうのは焼き芋まで作れるのかと感心した。それにしても魔女さんはいい人だ。

          家に帰ると息子が俺のノートパソコンを開いていた。ぼんばんとキーボードを叩きしきりに何か叫んでいる。驚いて止めさせようとしたがどうやらすっかり気に入ったようでなかなか手放さない。
          「でぃーばー」
          どうやら息子はその言葉を連呼しているようなのだがそれが何かは全然分からない。

          「そうそう、魔女さんに会って焼き芋もらっちゃった」
          どうしようかと思いつつも妻にそう伝えると、
          「あら、魔女さんの焼き芋美味しいから嬉しいな。今度なにかお返ししなきゃね」
          とはしゃいでいた。どうやら前にももらったことがあるらしい。

          「でぃーばー」
          「そうだねー、でぃーばーだねー」
          仕方なく息子に話を合わせると、嬉しそうに「でぃーばー!」と言う。
          テキストファイルを開いてやり息子がそこに打つでたらめな文字列を眺める。
          「でぃーばー!」
          いつかその意味が分かることを楽しみにしながら。


          | なむあひさんのエピタフ | 22:40 | comments(0) | - |
          本日、日本はお休みします
          0
            朝、玄関を出ると思わず声が出た。雪が降るとは聞いていたが正直なめていた。マンション5階から見える景色はほぼ白く、ちょっと気持ちが追い付かない感じだ。

            まだ家族は眠っているので静かに鍵をかけ、改めて道路を見てみる。夜中に積もったであろう雪は朝の雨でびちゃびちゃになっていた。長靴が欲しかったがそんなもの持っていなかった。

            何度となく転びそうになりつつコンビニでピザまんを買い駅に向かう。通行人はいつもより多い。たぶん皆この後の交通事情を見越して早めに家を出たのだろう。俺もそうだが、皆真面目だなと変に感心する。

            駅に着くとしきりにアナウンスが流れていた。上下線どちらも遅れているようだったが、遅れで済むならマシだ。ホームには雨が入ってきていてかなり寒い。上下一枚づつ多く着てきたのは正解だった。車内はいつもより若干の混んでいる程度で、乗り換え駅の秋葉原までは問題なく行けた。

            問題があったのは秋葉原でだ。ホームに降りると人でごった返していた。どこに向かうでもなく、皆ぼんやりと電光掲示板を見たりアナウンスを聞いたりしている。なんだというのだ。

            なんせこういうときは早く行動する方が良い。そう思い人の群れをかき分け乗り換え先のホームに向かう。滑る床。手摺りを使い慎重に階段を降りていくとどうにも様子がおかしい。電車を待っている筈の人々の表情が、どこか楽しそうなのだ。

            今冬初めての雪で浮かれているという訳でもあるまい。やはり皆、ぼんやりと上の方を眺めて微笑んでいる。そこで初めて俺も電光掲示板を見てみた。そこには光るドットで作られたこんな文字が流れていた。

            『本日の、日本の営業は中止いたします』

            驚いて立ち止まっているとなるほど、構内アナウンスでも同じことを繰り返し伝えていた。

            俺は空いているベンチに座りすっかり冷えてしまったピザまんを食べることにした。自販機で買ったホットのほうじ茶をすする。やがて差し入れという名目で駅構内の売店が飲食物を配布し始めた。どうしようかと思ったがそれを横目に駅を出てみることにした。

            駅員のいない改札は新鮮で、通るだけでなんだかワクワクした。電気街口はまだ思ったより人はおらず、近くのカレー屋がセルフでカレールーとお米を解放していたのでそれを少しだけもらって食べた。

            日本が営業を中止したことは確か十数年ぶりで、そのとき俺はまだ大学生だったと思う。同じく大雪の日で、それでも町は浮かれた人々で賑わっていたが俺は部屋でずっとゲームをしていた。

            今日はどうしようか。携帯で妻に連絡しようとしたがどうやら電波もお休みしているようだった。鞄の中を確認すると未読の本が2冊。友人の企画で参加させてもらったカルチャー誌と読みかけの村上春樹のエッセイ。

            少し離れた喫茶店に移動し、勝手に席に座らせてもらった。前に一度来たことのある、甘すぎるカフェオレを出す店だった。予想通り他に誰も人はおらず、ようやく一息つけた。

            水をもらい席に戻り、カルチャー誌の方を開く。帰りはどうしようか、なんて少しだけ思ったが晴れるまでは本を読むことにした。いざとなれば歩いて帰ろう。時間はあった。本を読ん読み終えたら、今日の出来事をメモ帳にでも記録しておくつもりだ。

            タイトルはそう『本日、日本はお休みします』とかにしてみよう。


            | なむあひさんのエピタフ | 20:00 | comments(0) | - |
            有給は日帰り旅行を
            0
              「お休みをいただきたいのですが」
              「ん、いつさ」
              相変わらずこの手のことを上司に相談するのは緊張する。なるべく上司の機嫌が良いときを狙い、尚且つ自然な感じで言う。これがいまの職場で5年ほど働いて習得した最も実用的な技術だ。

              「この日です」とカレンダーを指差す。
              「あの、丸1日でなくても、」
              「まあそこなら大丈夫か。いいよ、年末頑張ってくれたし、まるまる休みなよ」
              「ありがとうございます」
              平静を装いそう伝える。言葉こそ優しいが相変わらず上司の言葉のアクセントはキツく、緊張は解けない。が、その声に変化があった。

              「じゃあさ」
              不意に、上司の声が丸みを帯びた。
              「月末のこの土日、悪いんだけど…」
              「あ、大丈夫です大丈夫です。例のですよね、行ってっしゃいませ」
              「例のっていうな」
              「すみません」
              一言多かったようだ。
              「一番好きなバンドのライヴなんです」
              嘘をついても良かったが言いたかった。上司は嬉しそうに答えた。
              「へえ偶然だね、わたしも一番好きなオンリーイベントだよ」
              思いというのは得てしてうまく伝わらない。

              というわけで有給をもらい東北へ行くことになった。好きなバンドが再結成したのだ。四ヶ所とはいえ全国ツアーだった。だが東京のチケットはとれず、別の場所で申し込んだところ東北公演を観に行けることになった。

              彼らのライヴを観るのは約12年ぶりだ。学生時代の最後の冬休みに観た札幌でのライヴは、今でもたまに思い出す。当時軽音楽部だった俺は、ちょうど自分達の卒業ライヴと彼等のライヴの日が重なってしまい泣く泣く自分達のライヴをとったのだ。

              高速バスの中で卒業ライヴの日のことを思い出す。あの日、ライヴを終えた俺はサークルの連中と打ち上げ会場に向かっていた。その途中、聴いてしまったのだ。オンボロとはいえ防音のはずの建物から溢れるその轟音を。知っている曲だった。1stアルバムのオープニングナンバー。俺が一番好きな曲だ。

              「ちょっと、悪い、用事ができた。抜ける」
              隣で今日のライヴのことをあれこれ話している後輩にそう告げると、俺はサークルの集団をそつと抜け裏通りのライヴハウスに向かった。後輩は何か言っていたが何も聞かないことにした。

              財布を確認すると、小銭しかなかった。打ち上げ代は事前に回収されていたのだ。『KLUB COUNTER ACTION』そうスプレーで書かれたボロい看板を前に考えた。時計を見る。もうライヴはとっくに始まっている。俺は決めた。

              薄暗い階段を上ると分厚いドアがあった。中に入ると受付に人はいたがビール片手に音楽を楽しんでいた。再入場。今から俺は再入場する。そう自分に言い聞かせ受付をやりすごした。何も言われなかった。

              いかついノブを廻し、重い扉をもう一枚開けるとそこは別世界だった。鈍器のようなバスドラとヤスリをかけたみたいなギター、ノイズみたいな絶叫が空気の代わりに満ちていた。観客はそれぞれ好きに歌い、叫び、踊り、飛んでいる。汗がふきだした。

              狭い会場の後方の壁にもたれ、多分人生最高になるであろうこのライヴを眺めていた。美しい、と、暴力的、という言葉を混ぜ合わせた造語。そのバンド名のロゴが、ステージの上ではためいていた。俺はそれを目に焼き付けた。

              東北は東京よりも寒かった。バスでかいた汗はすぐに俺の体温を奪った。開場までまだ少し時間があったので駅前のベローチェで時間を潰し、少し余裕を持ってライヴハウスに向かった。

              既に行列が出来ていた。震えながら入場し、開演を待つ。壁際には物販があり、旧譜が並んでいた。どうやら秋には新譜が出るらしい。ドリンクをもらい、前と同じく最後方で待機することにした。

              SLAYERのS.E.が流れる中、そこにいる全員のライヴへの期待が渦巻くような空気に高揚した。小柄な女が熱心にフライヤーを配っていた。前座のバンドのものかと思いきや、電子書籍の宣伝フライヤーだった。QRコードが付いていて、この空気に浮かれていた俺は得体の知れないその本をその場でダウンロードした。帰りの新幹線でても読んでみようと思った。S.E.が止み、メンバーが入ってきた。

              衝撃を与えてくれる表現というのは思っている以上に存在しない。そして、その表現を目の当たりにしたとき、人は何かを表現したくなる。

              それがそのライヴを観ている間中ずっと俺が考えていたことだった。何度もシンガロングしたし、新曲の切実さに心から震えた。ヴォーカルは以前ほどの激情を感じなくなったが代わりに色の深みを増していた。

              駅で買った牛タン弁当を食べ終え、シートにもたれ携帯の電源を切った。終着駅なので寝過ごすことはない。今日なら久し振りに見られる気がした。『なむあひさんのエピタフ』の夢を。

              | なむあひさんのエピタフ | 20:00 | comments(0) | - |
              おもちは2個で
              0
                寝て起きると年が明けていた。大晦日は終電近くまで働いて、残業代がわりにと売れ残りの商品を山ほどもらい、乗り過ごさないようにと横腹をつねりながら家まで帰った、ことは覚えている。

                あとはそのビニール袋の重みで両手の先が痺れたことも。

                クリスマスあたりから夜は遅く朝は早い日が続き、その短い睡眠時間の中でも更に猫二匹に構え、お腹が空いたと夜中に目起こされ年末は常にフラフラだった。休憩時間はほとんどなく、10分間程度の時間の中で休憩室の硬いテーブルに突っ伏して仮眠をとっていた。

                その細切れの睡眠の中で、俺は久し振りに例の小説を書いていた。『なむあひさんのエピタフ』だ。現実の10分は夢の中の1時間でも1日でもあった。

                夢の中にはいつも同じ部屋と机、そしてノートパソコンが用意されていた。打鍵感は最高。書く端からアイデアが生まれる。脳とパソコンが直接USBケーブルで繋がっているかのような錯覚さえ覚えた。そこで俺は完璧な集中を手にしていた。執筆は順調だった。作品はもうすぐ完成する、筈だった。

                大晦日から元旦にかけて、ぶっ続けで12時間眠った。その間、例の部屋に行くことはなかった。起きてすぐに鞄の中のノートパソコンを確認した。念の為iPhoneも確認した。やはり完成間近だった小説は存在しなかった。

                「あ、ようやく起きたね、明けましておめでとうございます。今年もよろしくね」
                俺が寝室からリビングに向かうと、妻がおせちの準備をしながらそう言った。テーブルには黒豆、蒲鉾、栗きんとんなどが花を象った皿にきれいに並べられていた。

                「おもちは2個で良かった?」
                「うん。ありがとう。明けましておめでとう、今年もよろしくお願いします」
                まだぼんやりする頭でそう言って用意された座布団に座ると「お正月らしいでしょ」と妻が雑煮を置いてくれた。
                「あのさ」
                「うん?」
                小説完成しなかったよ。と言おうとしてやめた。あの小説は今年、快適でない場所で、無いアイデアを振り絞り、途切れ途切れの集中力で、それでも打ち慣れたキーボードで、長い時間をかけて完成させるのだ。
                「あいつはまだ寝てるね」
                「うん。昨日遅かったからね」
                そうだ、息子は帰りの遅いおれを待って起きていてくれたのだった。

                どだん、と猫らしくない重たい音がして冷蔵庫からおしりが下りてきた。おしりは「おはようござい、今年もおいしいカリカリをよろしくお願いします」という顔でこちらを一瞥して水を飲み始めた。

                がらがら、と引き戸が開きひるねが顔を出した。ひるねは「ようやく起きたのねェ。今日くらいは気を遣って起こさないでやったのよォ。感謝なさい」という顔で俺の肘に頭をこすりつけてきた。

                寝室の戸が開く音がし、てっちてっちと廊下を歩く小さな足音がした。息子が何故かみかんを持って現れた。
                「じーじゃ」妻を指差す。
                「とぅーた」俺を指差す。
                俺は彼に言う。
                「おはよう、明けましておめでとう」











                | なむあひさんのエピタフ | 15:00 | comments(0) | - |
                かれらの七日間戦争7
                0
                  瞼の上をちょいちょいと鋭いものがノックする。薄っすら瞼を開くが部屋の中はまだ暗い。
                  「そうか」
                  天井の様子ですぐにここが自宅でないことを思い出した。

                  また何かが迫ってくるのが分かったので顔を右手でかばいながら目を開ける。やはり枕元に二匹の猫が俺を見下ろす様に立っていた。手を伸ばしてるのはおしり。白い毛に、黒ぶちのオス猫だ。

                  「いつまで眠っているんですか、朝のカリカリがまだですよ。トイレなんてあとでいいじゃないですか。さ、まずは朝食の準備を」

                  おしりは軽やかな足どりで暫定的に決めたエサ場に向かっていく。三毛のメス猫ひるねはあくびをして後脚をピンと伸ばし「仕方ないから食べてあげるわァ」とでも言うようにゆっくりとおしりの後を追う。

                  備え付けの壁掛け時計はよく見えず、携帯で時間を確認する。朝の四時過ぎ。最近のおしひるの起床時間だった。俺は俺でトイレに行きシャワーを浴び、準備を済ませて空のリュックを開く。中に間仕切りのある特注のものだった。

                  上野とはいえ早朝は静からしい。人はおろか車さえも殆ど通っておらず、俺は意味もなく白い息を吐いてその寒さを再認識する。ふと後ろを見ると、リュックの両側からも小さく白い息が出ていた。

                  事前に調べておいた通り、不忍池側に周り人がいないのを確認しフェンスを乗り越える。流石に緊張したが思いの外すんなりと園内に入れた。だが中に入ることが出来てもこの時間に園内にいる人間は不審者だ。身を低め中心部へと続く桟橋を渡る。

                  飼育員がいるかもしれないことが気掛かりだったが、どうやらその心配は杞憂だったらしい。上野動物園には俺の足音と、時折遠くから聴こえる管楽器のような鳥の鳴き声以外はほとんど無音と言ってよかった。

                  桟橋を渡ってすぐ右にフラミンゴ達がいた。日本画っぽい赤とオレンジの混ざったような色の彼等は一様に片足で寝ているようだった。一番近くにいたフラミンゴに声を掛ける。
                  「起こしてごめん。この手紙の主を探しているんだ」

                  やや間がありそのフラミンゴは少しだけ顔をあげた。
                  「おや、その手紙なら私が書いたものですよ」
                  「戦争っていうのは」
                  「はい、おかげさまで無事終わりました」
                  フラミンゴは嬉しそうにそう言う。
                  「え?」
                  俺と、おしひるまでもが目を丸くした。

                  フラミンゴはそのつぶらな瞳をキラキラとさせながら話す。
                  「本当にありがとございました、いやあ、まさかあんなかたちで戦争を終わらせていただけるなんて、あなたがたはこの動物園の英雄ですよ」
                  俺は首を傾げるばかりだ。

                  どうやらそのフラミンゴの話しを要約するとこういうことらしかった。
                  この動物園からあるものが無くなった。それを求めて動物達は閉園後、毎日のように争うようになった。そこに、六日程前に俺とおしひるが動物園に現れた。俺とおしひるは動物園を歩き回り全ての動物達の話を聞き、そしてそれをひとつの小説にした。それで全てが解決したのだという。

                  「その小説は今どこにあるんだ?」
                  俺が訊くと、フラミンゴは嬉しそうにその羽を広げ遠くにあるモノレールの更に先を示した。
                  「確か今は東側のシロテナガザルが持ってるはずですよ。全員で回し読みしているんです」

                  俺とおしひるは動物全員からのお礼の気持ちにと年間フリーパスをもらい上野動物園を後にした。通っていればそのうちその小説も読む機会があるだろう。

                  「結局なんだったっていうのよォ」
                  ひるねがひとり憤慨している。
                  「まあまあ、事件も解決したみたいだし良かったんじゃないのか、よく分からないけど」
                  俺がそういうもひるねは尻尾を太くして怒ったままだ。

                  「しかし動物園というのはくさいですね。どうです、ここはひとつモンプチゴールドの缶を買って帰るというのは」
                  おしりは特に気にした様子もないが、さっき食べたばかりだというのにもう昼食を急かしてくる。

                  「まあさ、楽しかったしまた来ようよ。今度はみんなで。モノレールにも乗りたいし」
                  俺はそう言って二匹をなだめながら大宮に向かう。今日、妻と子供が実家から帰ってくるので迎えに行くのだ。年間フリーパス、もう一枚貰えば良かったなと考えながら、京浜東北線に乗り込んだ。







                  | なむあひさんのエピタフ | 21:45 | comments(0) | - |
                  かれらの七日間戦争1
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                    今日から、妻と子供が一週間程実家に帰る。家に残るのは猫のおしりとひるね、そして俺だけだ。

                    前回の妻の帰省の際の俺の酷い食生活を思ってか、妻が野菜スープを作り置きしておいてくれた。今回はこれとウインナーやベーコンで生きていくことになった。ありがたい。

                    猫たちとの生活の初日、帰宅するとオス猫のおしりが何か白いものを咥えて待っていた。虫か鳥かとギョッとしたが、よく見るとそれは紙だった。

                    紙には土か糞がなすりつけられており、どうやらそれは何かのメッセージになっているようだった。
                    「ひるね、これなんて書いてあるか分かるか?」
                    メス猫のひるねにそう尋ねると、ひるねは「あんた、こんなことも分からないの?ばかねェ」という顔で俺を見た。

                    ひるねは博識なので他の動物の言葉が分かるのだ。ただ、言葉と言っても大概の動物のそれは大雑把な感情の伝達でしかない。好き、嫌い、おいしい、寒い、とかそんな。だから、ひるねが読みあげたその内容に俺は驚いた。

                    『たすけて、せんそうがはじまった』

                    思わず眉を顰めてしまう。
                    「ひるね、これどこから持ってきたの」
                    訊くとひるねはソファに敷かれた毛布の上に移動し「あんた達がこの前行った上野動物園に決まってるじゃないのよォ」とあくび混じりにそう言った。

                    確かに先週、俺は妻と子供を連れて上野動物園に行った。
                    「その話は一旦置いておきましょう。今はカリカリ出すことが優先です」
                    というおしりの申告を無視してひるねに質問を重ねる。
                    「確かに上野動物園には行った。けどだからってなんでひるねが」
                    「ベビーカーに潜んでたからに決まってるじゃないのよォ」
                    続く「ばかねェ」という言葉は腕の間に顔を埋めながらだったのでわずかにしか聞こえなかった。

                    「フラミンゴがいたでしょう?彼等がその長い足で、檻の外にいる私にその紙を渡してきたのです。ささ、そんなことより台所の引き出しに隠してあるカリカリを」
                    おしりよ、お前もいたのか。どうりでいつもよりベビーカーが重く感じた訳だ。

                    「さて、どうしたもんかな」
                    考えながらもiPhoneを取り出しインターネットブラウザを立ち上げる。

                    上野 ウィークリーマンション ペット可

                    あるにはある、が、その値段を見て眩暈がした。
                    「冬のボーナス、上がってるといいなあ」
                    一番安い部屋でも、全て込みだと七万円弱。カードが無くてはとても借りることは出来ない値段だ。一体、これを普段どんな人間が利用しているというのか。

                    大人になってから行った上野動物園は素晴らしい場所だった。詩情があった。言葉が、想像が溢れていた。幻想だった。そんな場所に何かあるというのであれば、助けに行きたいと思った。

                    押入れを漁り猫用の持ち運びケージを見付ける。いつものカリカリと、特別なとき用のカリカリと、カンカンを七つ。

                    ポケットが振動した。予約確認メール。すぐに入れる。

                    「おし、ひる、行こう」
                    俺がそう言うと、ひるねはいかにも面倒そうに立ち上がり、おしりは「行きましょう。義見てせざるは勇なきなりです。さ、まずはカリカリを」と言いながらしながら寄ってきた。

                    俺の、ではない、彼等の七日間戦争が始まった。










                    | なむあひさんのエピタフ | 19:00 | comments(0) | - |
                    トリックorカリカリ
                    0
                      棚卸だった。自宅最寄り駅から続く商店街。いつもより三時間程遅くに歩くその道は、いつもよりも暗く静かだった。

                      ハロウィンだったことは帰りの電車で思い出した。彼氏らしき男に腰を押し付けるようにして立っている女の、落としきれていないゾンビメイクとさっきまで内蔵を手洗いしていたかのような色の手が嫌に焼き付いていた。

                      夕食はサンドイッチを二切れ。ラーメン屋から漂う下品な豚骨の香りが鼻腔から胃にまで届いたが数日前まで胃の調子が悪かったことを思い出し目を逸らした。その先にそれはあった。

                      右手に伸びる狭い路地の手前に道路工事の看板。一メートルもない高さのそれには青地に白のゴシック体でこう印刷されていた。
                      『この先五十メートル』

                      狭い路地だ。こんなところで工事をやっているのかとその先を見てみると左右対称で印刷された看板が路地の少し奥にあった。
                      『この先四十メートル』

                      誘導されるように視線を先にやると、右、左、右、左、と交互に看板が立ててある。多分、十メートルおきに。工事を知らせるにしてはあまりに執拗だ。それほど危険な現場なのだろうか。

                      左右の看板に吸い寄れられそうになるのを堪えその路地を真っ直ぐ歩いて行くと、最後に『会場はこちら』という文字と大きな矢印な描かれた看板に行き着いた。矢印の先には小さな公園。足を踏み入れてみる。

                      「とりっくおあとりーと」
                      声がした。幼い声。見ると滑り台の上に小さなシルエットがあった。近付き、目を凝らすと声の主は息子だった。その傍に猫のおしりとひるねもいる。みんな南瓜をかぶっていた。

                      「おかえりなさい。ハロウィンのせいか子供もおしひるも興奮して寝ないから迎えに来ちゃった」
                      公園の数少ない灯りの下あたりから、妻が近づいてきた。
                      「ありがとう、びっくりした」
                      そう伝えると、妻は少しだけ得意気に口角をあげた。

                      「とりっくおあとりーと」
                      再び息子が言った。そうだ、イタズラかお菓子か、だ。バッグを漁り同僚からお土産に貰ったマドレーヌを見付けると、滑り台の階段を上がり息子に手渡した。猫たちも、イタズラかカリカリか、という顔をしていたのでいつも持ち歩いているシーバを与えた。

                      「ていうか、喋れるようになったの?」
                      一番驚いていることを妻に訊くと、妻はマドレーヌを羨ましそうに見ながら言った。
                      「仮装よ」
                      「仮装?」
                      「うん、仮装。喋れる赤子の仮装」

                      話を聞くと、前に保育園で仲良くなったと言っていた魔女さんとさっき偶然会って、そのときに仮装を手伝ってもらったらしい。
                      「へー、あの人そんなことも出来るんだね」
                      コンビニで買ったプリンを妻に渡し、自分もバウムクーヘンの袋を開ける。

                      三人と二匹で夜道を歩く。
                      「家に帰ってからにしなよ」
                      妻が言うので一口だけそれを食べて残りは袋に戻し、抱っこ紐でくくっている子供の寝顔を見る。
                      「これ、いつまで喋れるんだろうね」
                      「聞いてなかったけど、多分今夜だけなんじゃない、魔法なんだから」
                      「もうちょっと喋れば良かった」

                      そんなことを小声で話しながら自宅に向かう。猫たちが二人の足元に絡みつき「味はまあまあですが食感は評価できますね」だの「中がクリーミーでわたし好みよォ」だの言ってくる。

                      「魔女さん、今度お茶することになったからなにかお礼しなくちゃね」
                      台所から買い置きの猫のオヤツを取り出しながら妻が言う。
                      「何が喜ぶのか分かんないね」
                      ソファに腰掛けると、どっと疲れが溢れた。

                      こんな日は何かに今日のことを記録したくなり、俺は久し振りにiPhoneのメモ帳を起動した。
                      | なむあひさんのエピタフ | 23:55 | comments(0) | - |